トインビー随想

トインビー博士について様々な話題を語ります

「現代が受けている挑戦」を読む

「現在が受けている挑戦」は英文の原題が「CHANGE AND HABIT」です。トインビー博士の著作は、ほとんど全てがオックスフォード大学出版から出されていますが、この著作は同出版局から1965年に出版されています。

この本が成立した由来は、前書きに簡単に記されています。そのまま引用します。

「この本の大部分は、私が、1964年の最後の三ヶ月に、コロラドデンバー大学で、1965年の最初の三ヶ月に、フロリダ州、サラソタのニュー・カレッジとテネシー州、スワニーの南部大学で行った講義でした。この講義のためのノートが、本を書く出発点に私をたたせた。しかし講義そのものが、この本が分けられているような章立となって再構成されたのではない。書いているうちに、内容は再び整理された」

この時期のアメリカは、ソ連との「冷戦」時代のまっただ中であり、核兵器による人類滅亡の可能性が現実のものとして重くのしかかってきている状況でありました。このような状況の中で、トインビー博士が生涯の仕事として取り組み発表してきた「歴史の研究」での問題意識をふまえ、さらにこの時すでに70代の半ばにさしかかっている博士が、自分が死んだ後の世界の行く末についての責任感の思いから語り論じているのが本書の内容の骨子であると思います。

この後のトインビー博士は、1968年の日本訪問、そのあとで日本で聞いた創価学会池田大作会長に1969年対談の申し込みの書簡を送り、その上で1972年、73年の対談の実現となり、その結果をまとめた対談集「21世紀への対話」(英文のタイトルでは「Choose Life」生の選択)の発刊、ご自身の1975年の死去と続くのですが、その一連の最晩年の行動の動機にあたるものと、その動機を生み出す根源となった問題意識がこの著作の中に明確に記されていると思います。トインビー博士は明確に、つぎのように語っています。

「人間存在の最も重要な印である人間性の精神的な特質は人間の労働による物質的生産物からではなくて人間の隣人との、自分自身との、そして世界における究極の精神的な実在との精神的な遭遇を通して知られる」

「宗教の歴史に目を向けると、ここには進歩と加速度とがともに見出される。宗教の発達には三つの段階がある。最初は人間以外のものの崇拝であり、これは人間がまだ人間以外のものに左右されていた長い時代――人間の歴史上最も長い期間である――に起こったものである。しかし自分自身が統御しているものを崇拝するということはあり得ない。したがって、人間も『自然』に対する優勢を確立した亊に気がつくと、被征服者になった『自然』への崇拝を人間に勝利をもたらした集団的な人力への崇拝の下位においた。そして共同体を神にまつることは個人にとっては奴隷の身分を意味し、それはナチス体制下のドイツの民衆の経験や、社会生活を営む昆虫の共同体内で個々の昆虫が演じる犠牲的な役割にはっきりみられる。また宗教の進歩で第三の段階は宇宙の人間的なものと非人間的なものを含めたあらゆる現象の背後にある究極の霊的な実在(ultimate spiritual reality)に個々の人間を直接に触れさせることによって共同体への蟻のような隷属から解放する高等宗教の出現である。この解放のビジョンが殉教者たちに人間的な権威への服従が神への義務と相容れないと信じた時、人間的な権威への服従を拒んですすんで死を選ばしめたのである。」

この記述は、トインビー博士の世界史を貫く根本の考察を要約する形で述べておられます。エディンバラ大学でトインビー博士が行ったギフォードレクチャーの内容は著作としては「一歴史家の宗教観」として公刊されていますが、その内容は上記の要約に尽きます。さらに具体的に高等宗教の比較相対まで踏み込んでいるのが、主著「歴史の研究」の最後の部分、また「回想録」の最後の部分にもあります。トインビー博士の世界史の根本的な考察であることは間違いありません。もっと単純化して言えば、トインビー博士の世界史は、人類が一つの家族のようになる世界平和を実現するための方途を全世界の5千年の文明の歴史に探る世界史であり、その根本的な解決法は高等宗教に求める以外にないとの主張にあります。歴史を社会科学として「価値自由」の方法論から客間中立的な視点から組み立てる主張とは正反対のところにあります。人類の平和的な共存こそ一切の根本的価値であり、その価値を最大限に掲げている世界史であるところに最大の価値があると私は思います。