トインビー随想

トインビー博士について様々な話題を語ります

「21世紀への対話」におけるトインビー博士の生涯の課題への結論

  1975年に出版された池田大作先生との「21世紀への対話」は、結果としてトインビー博士の人生最後の思索の結論を表明することになった著作です。

 遺著として1976年刊行の「人類と母なる大地」をあげることもできますが、この著作は編年体の形で世界全体の歴史を古い時代から順に1974年まで記述する「世界史」の試みです。主著「歴史の研究」は〝文明〟中心の世界史への試みですが、トインビー博士は最後の著作で編年体の世界史を記述しました。このことは多くのトインビー研究家を戸惑わせることであり、現在唯一に近いトインビー博士の伝記である「Toynbee」〔完全な翻訳はないが、創価大学名誉教授の浅田氏による要約がある〕のなかでも、著者のマクニール自身が評価に迷っている様子がうかがわれます。実際、読んでみますと敢えていえば、日本の高校の世界史教科書の記述の流れにトインビー博士の豊富で深い歴史的な知識を加えて書かれた通史の試みです。あえて日本の高校の世界史教科書と書いたのは、現在の世界全体を見渡して各国の歴史教科書を見たとき、全世界の地域について公平に満遍なく取り上げて記述している教科書は、おそらく日本の現行世界史教科書が一番優れていると思われるからです。

 したがって、最晩年の1972年、1973年のそれぞれ5月にロンドンのトインビー博士の自宅で行われた対談をもとに編集され一冊の書籍として出版された「21世紀への対話」(英語版「Choose Life 」)に取り上げられている内容は、トインビー博士の生涯の思索の結論であるとして間違いないと思います。このことは、翻訳された著作『歴史の研究』、『試練に立つ文明』、『世界と西欧』、『東から西へ』、『一歴史家の宗教観』、『歴史の教訓』、『戦争と文明』、『ヘレニズム』、『アジア高原の旅』、『オクサスとジャムナ』、『アメリカと世界革命』、『現代西欧文明の実験』、『現代人の疑問』、『交遊録』、『回顧録』、『未来を生きる』、『死について』、『爆発する都市』を経て『21世紀への対話』までを読んでみたとき明らかになってきます。1975年10月にトインビー博士が逝去されたのちにも『図説・歴史の研究』が邦訳刊行されましたが、この『図説・歴史の研究』は内容的には、従来刊行された『歴史の研究』の要約に図版を添えて、理解を深めてもらおうという内容であり『歴史の研究』の『再考察』〔完訳版『歴史の研究』21,22,23巻〕の内容を大きく超えるものではありません。各著作を通読していきますと、トインビー博士が継続的に思索し、折々の著作の中で提示している根本的なテーマの中には、最終的な結論を出されていないテーマがあります。いずれも根源的なテーマです。

 思いつくところを、列記します。いずれもトインビー博士が『21世紀への対話』の序文の中で、ご自身と池田先生との認識が一致した部分として明記されております。その文章を次に引用します。

まず、二人は宗教こそが人間生活の源泉であると信ずる点で同じ見解にたっている。

また、人間は宇宙の万物を利用しようとする生来の傾向性を克服すべく不断の努力を払わなくてはならず、むしろ己れを自在に宇宙万物に捧げしめ、もって自我を〝究極の実在〟に合一させるべきである、とする点でも二人は同意見である。ここに〝究極の実在〟というのは、仏教徒にとっては〝仏界〟のことである

この〝究極の実在〟が人間の姿をした人格神でない、と信ずる点でも立場を同じくしている。

二人の共著者は、さらにカルマ(宿業)の実在を信ずる点でも同じ立場に立っている。

二人の共著者の見解では、人間にとっての永久の精神的課題は、己れの自我を拡大し、その自己中心性 (エゴチィズム)を〝究極の実在〟と同じ広がりのものにすることである。・・・・(中略)・・・・しかして、それは厳しい精神的努力によって現実生活に生かされる必要が、どうしてもあるのである。

こうした個々の人間による精神的努力こそ、社会を向上させる唯一の効果的な手段である。人間同士の関係は人間社会を構成する網状組織(ネットワーク)であるが、諸制度の改革というものは、それらがいま述べた個々の人間による精神変革の兆候として、かつその結果として現れてきたとき、初めて有効たりうるのである。

人類共通の諸問題が現今かくも普遍化しているのは、ひとえに過去五百年間にわたる西欧諸民族の活動の拡大により、世界大の技術的、経済的関係の網状組織(ネットワーク)が作られた歴史上の所産なのである。技術や経済の関係が密接になれば、政治、倫理、宗教における関係も、当然密接になる。事実、現在われわれは一つの共通的な世界文明の誕生を目撃しているが、これは西欧起源の技術という枠組みの中で生まれながらも、いまやあらゆる歴史的地域文明からの寄与によって精神的にも豊穣化されつつある。池田大作とアーノルド・トインビーの世界観にみられるじつに多くの共通点を幾分なりとも説明づけるものは、あるいはこうした人類史における最近の傾向なのかもしれない。

それを説明づけるもう一つのものとしては、二人の共著者がその哲学論、宗教論を交わすにあたって人間本性中の意識下の心理層にまで分け入り、そこにいつの時代、いかなる場所においてもあらゆる人間に共通する、人間本性の諸要素というべきものに到達していることが考えられよう。すなわち、人間本性の諸要素といえども、やはり森羅万象の根源をなる究極の存在基盤から発生した存在だからである。

以上、トインビー博士自身が序文の中で挙げておられる内容をそのまま引用しました。この内容は、トインビー博士の生涯の研究の中で一貫して追及されてきた根本的なテーマを含んでいます。それぞれのテーマに関して、さらに補足的に敷衍して論じていきたいと思います。

まず、最初に述べられている『宗教こそが人間生活の源泉であると信ずる』と言う点については、トインビー博士の生涯の業績の根本をなす著作「歴史の研究」の約30年にわたる綿密で精細な「文明」を中心とした研究の最終的な結論です。この結論にいたるまでの思考の過程は、博士自身が様々な部分で記述しています。1939年に発刊された「歴史の研究」の前半部分、10巻からなる原著英語版のⅠ~Ⅵ巻の部分においては宗教はあくまでもそれぞれの文明の文化的構成要素であり、政治制度、経済制度、などと同等の文明の手段として位置づけられていました。しかし、研究の過程で文明の挫折、解体を論究する段階に至って、とくに文明と「高等宗教」の関係を考える段階で、文明と宗教の関係を考え直し修正しました。「文明」と宗教、特に「高等宗教」と認定できる宗教との関係において、目的と手段が180度逆転する大きな修正でした。この点について「再考察」の中で、次のように記述しています。

「わたしは自分の手がかりにしたがって、高等宗教を文明と呼ばれる種類の社会がそれ自身の再生産のために備える機構として見た。わたしは高等宗教を、解体期の文明がその崩壊の最後の段階においてはいりこみ、そしてそこから新しい文明がその後に生まれる“蛹”と見なした。高等宗教の歴史的な役割にかんするこのような見方は、シュペングラーやバグビーの見解のなかにわたしが見る同じ根本的な誤りの一変種であった、とわたしは今では思っている。それは高等宗教はそれ自身と異なる種類の社会に役立つがゆえに意義があるのであると想定していた。わたしはわたし自身の出発点から出発して、いくつかのこまかい点についてシュペングラーやバグビーとは異なる発見に到達した。高等宗教は、ある一つの文明の内部に生まれたと考える代わり、それはつねに二つ、もしくはそれ以上の文明の出会いから生まれ、そしてこの出会いの前にはつねにそれらの文明のすくなくとも一つに挫折と解体があったとわたしは考えた『再考察』p177
 
「宗教にたいするわたしの態度がかつては功利主義的であったとしても今ではそうではない。いずれにせよ、現在の態度にたいする判断がどのようなものであるにせよ、宗教はそれ自体で一つの目的である。なぜなら、それはこの世の何者よりも人間にとってさらに重大な事柄を問題にしているからである。これが高等宗教を生んだ発見――――あるいは啓示――――であった。高等宗教を非宗教的な目的に役立つように利用することは、宗教が文化の全構成の不可分の一部である原始的な状態に逆戻りすることである。この社会的な逆転は、わたしには精神的退歩であるように思われる」『再考察』p178~p179 注(1)