トインビー随想

トインビー博士について様々な話題を語ります

2021年第一回本部幹部会への池田先生のメッセージとトインビー史観

2021年の第一回本部幹部会への池田先生のメッセージをここに採録します。「トインビー随想」の中で取り上げさせていただく理由は、その内容がトインビー博士が生涯をかけて論じ残してきた内容とみごとに一致すると考えるからです。以下のメッセージの中で、下線を引き太文字で強調した部分は、私が感じた「一致する」と思う部分です。
 
まず全文そのものを転載します。
 
一、「青年」こそ「希望」の異名です。いかなる試練の嵐があろうとも、青年がたくましく応戦し、成長してくれるならば、無限の希望が生まれ広がるからです。新たな一年、我ら創価の大地には、いやまして凜々しく「青年」即「希望」の価値創造の連帯が躍動しています。
一、日蓮大聖人は、父君・母君のことを偲ばれつつ、法華経神力品の一節を引いておられます。「太陽と月の光明が諸々の闇を除くことができるように、妙法を受持し弘通する地涌の菩薩は、世間の中で行動して、衆生の闇を滅することができる」(御書903頁、趣意)と。民衆仏法の御本仏であられる大聖人は、末法濁悪の闇が最も深い時をあえて選ばれ、「民の子」として「民の家」に誕生されました。そして泥沼の如き現実社会に飛び込み、全民衆の苦悩を万年先、いな尽未来際まで照らし晴らす「太陽の仏法」を説き顕してくださったのです。
一、この「太陽の仏法」の赫々たる陽光を、二度の世界大戦に喘ぐ20世紀の闇に、黎明の如く決然と放っていかれたのが、牧口先生と戸田先生であります。創価の師弟は、「十界互具」「一念三千」という、人生観、社会観、宇宙観、まで明かした最極の哲理を掲げて、一人一人の胸奥から元初の希望・勝利の太陽を昇らせていきました。この人間革命と宿命転換の蘇生のドラマは、今や全地球で「月月日日に」(御書1190頁)、強く生き生きと繰り広げられているのであります。
一、今年は、大聖人のご生誕800年―――。私たちは不思議にも、「今この時」を選んで共に生まれ合わせ「世界広宣流布」の戦いを起こしております。久遠からのこの宿縁と使命を自覚するならば、何ものにも負けぬ偉大なる「地涌の菩薩」の勇気と智慧と慈悲が、一人一人に滾々(こんこん)と湧現しないわけがありません。日蓮仏法は、「世界平和」と「永遠の幸福」という、全人類が力を合わせて目指すべき境涯の最高峰を照らし出し、そこへ至る道筋まで明確に示しております。「衆生の闇」は、ますます深い。だからこそ、私たちは「立正安国」「立正安世界」の信念の行動を貫きながら、地域へ社会へ未来へ「太陽の仏法」の大光を、いよいよ、たゆまず明るく温かく、そして普く惜しみなく贈っていこうではありませんか!
一、60年前、第三代会長として最初に迎えた元日、私は学会常住の「大法弘通慈折広宣流布大願成就」のご本尊の御前にて、宣言しました。「力の限り、戦いましょう!私は、この一年で百年分の歴史をつくります」と。そして年頭より関西を経由して九州へ入り、さらに東京・関東各地の支部結成を行って、初のアジア訪問へと出発しました。日本全国を駆け巡り、ヨーロッパを初訪問したのも、この年の秋です。「一年で百年分の歴史を」と誓った私の先駆の行動は、題目を唱え抜き、心で戸田先生と常に対話しながらの「不二の旅」でした。御聖訓には、「よき師匠と、よき弟子と、よき法と、この三つが寄り合って祈りを成就し、国土の大難をも払うことができるのである」(御書550頁)とあります。師弟不二」にして「異体同心」なれば、力が湧きます。友が広がります。諸天も動き、勝利の道が開かれます。あらゆる祈りを成就し、誓願の国土の安穏と繁栄を勝ち開いていくことができるのです
一、これからの十年は、まさに地球の大難をも払い、「生命尊厳」そして「人間革命」を基軸とした「新たな人類文明」を建設しゆく大事な大事な時であります。この十年を決しゆく勝負の一年、希望・勝利の「不二の旅」を共々に朗らかに決意し合って、私の年頭のメッセージとします。
 
以下、簡潔に説明してみます。
 
まず最初の、いかなる試練の嵐があろうとも、青年がたくましく応戦し、成長してくれるならば、無限の希望が生まれ広がるからです の部分です。
この部分は、トインビー世界史の中での歴史発展の方程式「挑戦と応戦」そのものです。トインビー博士の歴史観の根本となる視点です。この視点は「人間の内面の変化が社会的変化の原動力である」との視点でもあります。
 
次に、末法濁悪の闇が最も深い時をあえて選ばれ、「民の子」として「民の家」に誕生されました。そして泥沼の如き現実社会に飛び込み、全民衆の苦悩を万年先、いな尽未来際まで照らし晴らす「太陽の仏法」を説き顕してくださった と言う視点です。
トインビー博士の文明を単位としてみる世界史において、中国文明の影響のもと6世紀に単独の文明として成立したのが「日本文明」です。その日本文明が「break down」(挫折)したのが11世紀。日本史の上では、「保元・平治の乱」に象徴される武士勢力の台頭、仏教史の上での「白法穏滅・闘諍堅固」の「末法」の始まりとされる時期と一致します。トインビー博士の経験主義に立った歴史観では、400年という単位が文明のステージ転換の基本単位になります。日本文明の誕生から400年の11世紀がその最初のステージ転換であり、次のステージは「universal state」(世界国家)成立までの400年間。日本の歴史においては1600年の関ヶ原の戦いの結果として成立する徳川幕府による世界国家の成立です。ちなみにここでの“世界”とはその文明に属している人々の主観による世界全体です。当時の日本の言葉でいえば“天下”です。武士の時代に入って、徳川幕府の統一までの400年間は、鎌倉幕府室町幕府の時代として日本史の上では区分されます。しかし内実に立ち入ってみれば、この時代を通じて、公家勢力と武士勢力の抗争として記憶される承久の乱南北朝の騒乱、国内の大勢力が衝突する応仁の乱、群雄割拠の戦国時代とほとんど切れ間なく続く抗争の時代であり、この400年間は全体として動乱を基調とする時代と言って間違いありません。トインビー博士の文明のステージとしての“動乱時代”です。この動乱時代である1222年に、時代にあわせて出現された日蓮大聖人がそのほかの禅宗念仏宗の開祖と決定的に異なるところはまさに現実の一番厳しい民衆のただ中で、大乗仏教を学んだ者なら最高位の正しい教であるとの認識が共通していた法華経を一貫して説き続けられたことです。当然、現実のただ中ですから政治権力からの弾圧もあります。容易な道ではありません。これもトインビー博士が見てきた高等宗教の条件に一致します。池田先生の対談後、初めて英訳されて出版された「人間革命」の序文をトインビー博士は書かれておられますが、その中で明確にこの事実を書かれておられます。トインビー博士の歴史観のベースには、ギリシャ・ローマのヘレニック文明がありますが、その枠のなかで誕生したキリスト教についての記述と重ねてみると、このことはさらに深い意義をもつと思います。
 
次の「太陽の仏法」の赫々たる陽光を、二度の世界大戦に喘ぐ20世紀の闇に、黎明の如く決然と放っていかれたのが、牧口先生と戸田先生であります。創価の師弟は、「十界互具」「一念三千」という、人生観、社会観、宇宙観、まで明かした最極の哲理を掲げて、一人一人の胸奥から元初の希望・勝利の太陽を昇らせていきました との部分です。
この部分は、さらにトインビー博士の胸奥に響く大事な視点であると思います。この「二度の世界大戦に喘ぐ20世紀の闇」と真正面から取り組んだ学問的営為が、トインビー博士の世界史である「歴史の研究」です。同じ歴史的経験に生命をかけて取り組まれ、トインビー博士が高等宗教の中でも最も深い期待を寄せておられた大乗仏教の神髄である法華経の現代への復活のキイワードとして、「生命」の尊厳を根本として、社会のあらゆる分野の本質的課題の解決に取り組んできたのが創価の三代の師弟です。
 
さらに重要な部分と考えるのが次の、日蓮仏法は、「世界平和」と「永遠の幸福」という、全人類が力を合わせて目指すべき境涯の最高峰を照らし出し、そこへ至る道筋まで明確に示しております。さらに師弟不二」にして「異体同心」なれば、力が湧きます。友が広がります。諸天も動き、勝利の道が開かれます。あらゆる祈りを成就し、誓願の国土の安穏と繁栄を勝ち開いていくことができるのです との部分です。
この部分は、トインビー博士の世界史の中で指摘されている、文明発展の原動力としての「創造的個人」「創造的少数者」の役割と関係性につながります。まず「一人」から始まり、その「一人」から志を同じくする人間の連帯がうまれ、社会を変えていく。その目標はトインビー博士が、あえて「文明」の定義として表現されている「人類が一つの家族のように仲良く共に生きる世界の実現」と全く重なると思います。
 
これからの十年は、まさに地球の大難をも払い、「生命尊厳」そして「人間革命」を基軸とした「新たな人類文明」を建設しゆく大事な大事な時であります
最後のこの部分ははトインビー博士が根本の念願とし、書き残されたものと全く一致しています。この新たな人類文明」の成立こそトインビー博士が最後までもとめられていたことですあらためてトインビー博士が草の根をかき分けるように、日本の片隅に存在した創価学会・池田先生を探し出し、最後の重要な後世への遺言のように「21世紀への対話」を残されたことの意義を感じます。