トインビー随想

トインビー博士について様々な話題を語ります

「文明」「宗教」「世界史」

 トインビー博士の史観の根幹は、全人類の全時代にわたる歴史を、この地球上の全世界にわたって、もれなく扱っている点にあります。

 全時代といっても人類がこの地球上に登場する約300万年前からではなく、いわゆる「歴史時代」と呼ばれる約5000年前の「文明」誕生後の時代が中心になります。

 この300万年近くの人類の「未開」の時代から、「文明」の段階への飛躍を、「挑戦」challengeと「応戦」responceという極めて人間的な概念から説明していきます。いわゆる「科学的」歴史と呼ばれる既存の「歴史学」を学んだきた現代の人類の大多数にとって、ひどく違和感のある概念装置を登場させることによって、既存の歴史学とは明確に一線を画して、トインビー博士の人間史観は登場します。「歴史」を創りあげているのは「人間」自身であるとの強い思いを感ずる部分でもあります。

 西洋文明の根幹にあるキリスト教においては、「歴史」とは絶対者である「神」の専権事項であり、歴史の目的である「最後の審判」に向かって進んでいくプロセスであると説いています。この歴史には目的があり、人知を超えた力が働くという考え方は、マルクスの「唯物史観」にも通底しています。西欧文明の社会的情況で、トインビー博士の人間史観は「人間」の主体的役割を評価する点で、賛同者と同時に敵対的な視点からの批難を強く受けることになります。「歴史」とは「人間」のなしてきたことの集積であることは間違いありませんが、善悪両面の内容を持つ「人間」の役割をどう評価し表現するか。「天道是か非か」との司馬遷の言葉は重い意味があります。トインビー博士の人間史観の意義を考える上で重要なポイントであると思います。